論文読み: Birds can transition between stable and unstable states via wing morphing
基本情報
- Article: Harvey, C., Baliga, V. B., Wong, J. C. M., Altshuler, D. L. and Inman, D. J. (2022). Birds can transition between stable and unstable states via wing morphing. Nature 1–6. https://doi.org/10.1038/s41586-022-04477-8 (open access)
- News & Views: Wissa, A. (2022). Trade-offs between stability and manoeuvrability in bird flight. Nature. https://doi.org/10.1038/d41586-022-00638-x
背景
- 飛行の機動性や安定性に効くのは aerodynamics と inertia があって、これまでの研究は主に aero にフォーカスされていたけど、今回は inertial properties にフォーカスした。これまではいくつかの種について散発的に調べられていただけだったが、今回は広い分類群にわたって 22種(36サンプル個体)について、博物館標本を用いて計測した。
- 質量については鳥の体を多くの基本要素に分割し、それぞれの要素について質量を計測・慣性モーメントを計算。たとえば風切羽は1本1本をさらに羽軸などに分割している(質量計測は1枚の羽根単位だが慣性モーメント計算の際は羽軸や羽弁まで考慮)。一方、ひじ関節と手首関節の可動範囲を計測(マーカをつけて OptiTrack というモーションキャプチャで撮影)。こうして、可動に伴う全体の重心(質量中心)位置の変化・慣性モーメントの変化というのをまず基本情報として出す。
- さらにこの重心位置変化と、別に計算した neutral point という空気力学的な代表点との位置関係から、ピッチについて機動性 (agility) と静安定の両方を計算している。最後に進化的な影響(淘汰圧を受けてきたか)を調べた。
結果
きれいに各 figure とサブセクションが対応していて、読みやすい。このような書き方は共同研究者もやっていて参考になった。
概要的な話
- Fig. 1 参照。
- 1a で力のつりあいや重心(質量中心)位置、慣性モーメントなどを説明
- 1c-1g にあるように、考慮しているのは基本的にひじ関節と手首関節の可動。肩関節は一応ザックリとだけ考慮(実測はしてない)
- 例として2つの翼可動状態が示されている。1c&d は手首を最大に開いた状態(150度くらい)、1e&f は手首をそこそこ閉じた状態(90度くらい)。いずれもひじは80-100度程度と中間的。
重心(質量中心)位置の変化は小さい
- Fig. 2 にまとまってる
- Fig. 2b(側面図)と 2c(上面図)の見方は Fig. 2 右上にある。つまり 2b で点みたいに見えるのが実は RoM で、複数あるのは個体差。
- 2b で点のように見えるってことは、前後・背腹方向への重心の変動は小さいということ
- 手首関節を開くと CG は前に移動する傾向。ひじもだが種による。
- 両関節とも、開くと CG は背側に移動する傾向。
- 2b で半透明の四角は「肩関節が仮に前後・上下に90度動いた場合」という保守的な仮定に基づく計算
慣性モーメントの変化は、ピッチは小さいがロールとヨーは大きい
- Fig. 3 にまとまってる
- ロール軸まわり () とヨー軸まわり () の慣性モーメントは大きく変化
- 主にひじ関節による
- Fig. 3b-3f は、「ひじと手首関節を最大に開いたとき、3軸回りの慣性モーメントに、体のどの部位がどれだけ寄与しているか」を種ごとに示している。
- たとえば Lady Amherst's phesant(ギンケイ)のピッチ軸 () ヨー軸 () まわりの慣性モーメントは、尾羽が7割くらいを占めている。たしかにこいつは尾羽がメチャ長く、en.wp によると体長100-120 cmのうち尾羽が80 cmもあるとか。
- 一方でロール軸まわり () は翼の寄与が当然大きく、とくに青の風切羽が(質量の割には)かなり重要なことがわかる。当然ヨーにも翼は効く。
- ピッチ軸まわりの慣性モーメント () の変化は小さい。ただし、肩関節による sweep は全く考慮していないことには注意。実際には sweep によって多少の変動はあるはずだ。
ピッチの agility 変化と、静安定性
- Fig. 4 にまとまっている。
- pitching agility の指標として、「迎え角が1度変わったときに角加速度が何 1/(s2) 変わるか」というものを提唱し、計算している。Method でのこれの計算は比例関係で終わっていて意味がわからない。イコールにするためには係数が必要だと思うのだが、それが1だとも書いてないし、比例記号はイコールの書き間違いだろうか?
- 22種中17種において、静安定の正負が翼(ひじと手首関節)の可動のみによって逆転しうると判明した。
- 逆に言うと、5種 (23%) ではひじと手首関節の可動のみでは静安定性の正負を逆転できない。
静安定に対する淘汰圧
これは Extended Data Fig. 2-4 が対応しているようだ。おそらくセクションタイトル通り、静安定に淘汰圧がかかっている(きた?)かどうかということを知りたいようで、モデル選択みたいなことをしているようなのだが、自分にはなじみがなさすぎて、解説も全く無いため、ロジックは全然理解できなかった。
Ornstein Uhlenbeck model というのが Brownian motion よりも適合するとか言われてもそれが何なのか知らんしだからどうなの??となった。
In evolutionary biology
The Ornstein–Uhlenbeck process has been proposed as an improvement over a Brownian motion model for modeling the change in organismal phenotypes over time.[13] A Brownian motion model implies that the phenotype can move without limit, whereas for most phenotypes natural selection imposes a cost for moving too far in either direction. A meta-analysis of 250 fossil phenotype time-series showed that an Ornstein-Uhlenbeck model was the best fit for 115 (46%) of the examined time series, supporting stasis as a common evolutionary pattern.[14] Ornstein–Uhlenbeck process - Wikipedia
なるほど。つまり「ランダムではなく自然選択の結果でありそうだ」ってことか。
用語の整理
- agility アジリティ…敏捷性?
- axial agility: 並進加速度に関連
- torsional agility: 角加速度に関連
- 実際にはこの論文では「ピッチ角加速度を迎え角で微分したもの」もっと平易に言うと「迎え角が1度変わったときに角加速度が何 1/(s2) 変わるか」を pitch agility metric としている。
- manoeuvrability 機動性
- mobility
- static stability 静安定
- 擾乱を受けた瞬間に、つりあい状態へ戻ろうとする(正)か、しない(負)か
- static margin > 0 (when neutral point is behind the CoM) then stability is positive (= stable)
- 正の静安定が強いとき、それに打ち勝つだけの空気力・トルクを出さないと姿勢変更ができないので、機動性は一般に低下する。
- dynamic stability 動安定
- 擾乱を受けてから時間が経ったときに、つりあい状態へ戻る(正)か、発散してしまう(負)か
- partial eta-squared って何?? refs 23, 24 を見よ、らしい。どうやら統計関係の論文のようだ。
手法関係の補足
Nature とはいえ article なので Methods もそれなりに書いてある。が、やはり supplementary information の方にかなりの分量があり、詳細はそちらを見ないと不明。
- 博物館標本(死体)のうち程度のよいもののみを使って、elbow(ひじ)関節と wrist(手首)関節の可動範囲 range of motion (ROM) を調べた
- 回転は平面的な1自由度のみ?
- shoulder(肩)関節の可動は計測していない。また尾羽も furled(閉じてる)と想定。ただし Cheney et al., 2021 を cite してここも大事だとは気づいているよと付記。
- 自分の論文もそうなので人のこと言えないのだが、マヌーバの話するのに尾羽考慮しないってのはけっこう辛さがある…と思ったらさすがに supplemental method 2 で粗いとはいえ尾羽の影響を見積もっていた。さすがにそうなるか。
- 慣性モーメントの変動に関しては R でプログラムを作成し、AvInertia と命名。過去の文献値と比較して validation している (Fig. 1h) 。
- neutral point (= aerodynamic centre) を求める際には空気力学の情報が必要になる。そこは別の論文 ( https://doi.org/10.1098/rsif.2021.0132 ) で開発されたプログラム MachUpX を使っているようだ。それは lifting-line theory の改良版のようで、low AoA (<= 5 deg) でないとあまり良くない模様。また、これは gull のみに関して使えるものであり、他の21種の結果は全て gull の結果から外挿している。個人的にはこの部分がこの論文のロジックで一番弱い点だと思う。当然著者たちもわかっていて、sensitivity analysis をして結論は変わらないだろうという主張をしている。それはたぶん妥当なのかなという気はする(きちんと追えてはいない)。