論文読み: Leading-edge vortices in insect flight
基本情報
- Ellington, C. P., van den Berg, C., Willmott, A. P. and Thomas, A. L. R. (1996). Leading-edge vortices in insect flight. Nature 384, 626–630. DOI: 10.1038/384626a0
関連する論文がたくさん出ている→ 論文読み: Ellington スズメガ前縁渦 (LEV) 関連論文群 - dynamicsoar's log を参照。
内容
概要
いわゆる「マルハナバチのパラドクス」と呼ばれる現象、つまり、羽ばたきする昆虫の翅に対して従来の固定翼機(飛行機)用の空気力学を適用すると揚力が自重に満たない、という現象の解決。何らかの非定常的な空気力発生メカニズムで追加の揚力を生成しているはずだが、いくつかの仮説は提唱されていたものの、決定的な答えがなかった。本研究では主に2つの実験(スズメガのテザード飛行と、拡大模型による羽ばたき実験)によって、羽ばたきに伴って翅の上面に生じる前縁渦 (leading-edge vortex) およびそれがもたらす失速遅れ (delayed stall) または動的失速 (dynamic stall) がその追加的な揚力であることを明らかにした。同時に、別の仮説である回転揚力 (rotational lift) ではない(整合しない)ことも示した。
実験1: スズメガまわりの流れの煙可視化
スズメガ (Manduca sexta) を棒の先端に固定して、吹き出し型風洞の出口後方5 cmの位置でテザード飛行させて、煙で流れを可視化した。胴体の角度は別に行った自由飛行の撮影で決定している。棒は体重計に取り付けられており、スズメガの羽ばたきが体重の70%を支えていないケースは採用しなかった。撮影はカメラ2台を左右に並べて(頂角10度)ステレオで行っている。カメラの 1/30 s というのは Willmott et al., 1997 を読むとシャッタースピードだとわかるが、そうなると翅の先端の羽ばたき速度に対してはあまりにも遅くてモーションブラーが絶対に起きる。これはもう無視して、煙だけしっかり見たいということだろう。煙自体も多少モーションブラーするような気もするが…
煙は鉛直方向と風速方向にシートを形成しているため、1回の実験では翅(翼)の翼長方向の特定の位置の流れしか可視化できない。そのため、スズメガの方を左右に動かして、色々な位置での流れを見ている(おそらく5,6箇所?別の論文に詳細がある)。
実験2: 拡大羽ばたき翼(ロボット) flapper まわりの流れの煙可視化
スズメガの煙可視化のいいところは「本物」であること(テザードだけど)。なのだけれど、見づらい。なので、flapper と呼ぶ拡大羽ばたき翼模型(ロボットと言ってもいいかも)を作って、ゆっくりと羽ばたかせて、かつ前縁から煙を吹き出すことで、流れ場をより明確に可視化する実験を行った。左右2枚の翅が機械的にリンクしていて対称の羽ばたきを行う。どうも回転はちゃんと3自由度あったようだ。Fig. 2 では煙に色がついているように見えるが、実際には色付きの煙を流したのではなく、あとから Photoshop 3.0 でつけている。ようするにわかりやすくするためのアノテーションにすぎない。てっきり色が異なる3種類の煙を流したのだと思っていたが全く違った。これは今ならキャプションにも書いていないとまずいだろう…。
相似則の確認
翼幅 (wingspan) が 1.03 m とあるので翅1枚の長さは 0.515 m (515 mm) 程度だろう。これは実際のスズメガ (Manduca) の約10倍とのこと。スズメガの羽ばたき周波数は約26 Hz(1秒間に26回羽ばたく)なので、空気力学的な相似性 *1 を保つために、flapper の羽ばたき周波数は 0.3 Hz とした。いちおう確認しておこう。まず Reynolds 数 Re の定義は一般に代表速度 , 代表長さ , 流体の動粘性係数 *2 に対して だが、ホバリングする昆虫の場合、代表速度には翼端の平均速度 を使い、代表長さには平均翼弦長 を使うことが多い*3。ここで は羽ばたき振幅、 は1枚の翅の翼長、 は羽ばたき周波数。すると、スズメガの Reynolds 数 は、
一方、flapper の Reynolds 数 は、仮にサイズがちょうど10倍だと仮定すると、
となる。つまり模型の羽ばたきが若干速い。具体的な数字としては、 = 0.0515 (m) のほか適当に = 140 (deg) = 2.44 (rad), = 0.015 (m) とすると、 となる。概ねあっているが、正確には模型は実物の10倍ではなく9倍程度なのかもしれない(0.3 * 9.32 が約26になる)。
感想
ここから時代が始まったとすら言える記念碑的論文なのに、きちんと読み込んでいなかったことが恥ずかしい。英語がものすごく読みやすい(ところどころ内容でわからなかったり high-life という typo はあるがそういう問題ではなく)。図も、いまの自分が見るとかなりわかりやすい。