【論文読み】翅が摩耗して短くなったマルハナバチは機動性(加速度)が少し低下する。これにより死亡率が増加するのかもしれない
基本情報
Mountcastle, A. M., Alexander, T. M., Switzer, C. M. & Combes, S. A. 2016 Wing wear reduces bumblebee flight performance in a dynamic obstacle course. Biol. Lett. 12, 20160294. (doi:10.1098/rsbl.2016.0294)
を読んだのでメモ、コメントなど。
まとめ
手法
次の3グループのマルハナバチを用意した(個体数は ESM より):
- 無傷 (INT: intact) 48 匹
- 両翼端を切り落とし (SYM: symmetric) 53 匹
- 右翼端のみ切り落とし (ASYM: asymmetric) 44 匹
それぞれを一匹ずつ、トンネル内で飛行させ、2台の高速度カメラでステレオ撮影して、「水平面内の加速度」と「柱への衝突頻度」を調べた。ここでトンネルは、巣と野外をつなぐように置かれ、内部には柱が林立し、振動するプラットフォームが置かれた。つまり、ハチは外へ行くためにはこの「動く柱群」の間を縫って飛んでいかねばならない。下記の動画参照。
結果
- ピーク加速度(=機動性と解釈)は、SYM(両翼カット)がINT(無傷)よりも9%低下したが、ASYM(右翼カット)はINT(無傷)と有意差がなかった
- 衝突頻度はいずれも有意差がなかった。ただし、
- ASYM(右翼カット)は右側での衝突が増えた
- 衝突頻度は翅には関係なかったが、体長と正の相関があった
気になったところ
僕なら査読でこのへんを言うなぁ…というやつ。日本語で書いても著者らには届かないので無駄なんだけど、まぁ自分用メモですね。
Major points
- 並進しかみてない。筆者らは水平加速度のみを機動性の指標としている。これが一番気になる。3次元的な…つまり鉛直方向については本文でも一行、ESM にも多少言及がある(査読で突っ込まれたのかも)。しかし、角速度や角加速度はどうなのか?せめて言及してほしかった。また、場所が狭いので、旋回率や旋回半径は計測しづらい(できない)のはわかるが、被食・捕食を考えるときにはこれらも無視できないのではないのか?つまり、そもそもこの実験系が目的に対して適切と言って良いのか?
- 柱群のプラットフォームの形状・振動パタンおよびその大きさをどのように決めたか(あるいは変えたか)が書いていない。とてもよくない。なんでこのまま査読を通るのかとても不思議。
Minor points
- 翼端をカットしても衝突頻度が増えなかった理由として「柱の間隔に比べて翼幅が短くなったからかも」と言ってるけど、それなら柱の間隔を翼幅で割った値が一定になるように、3種類のプラットフォームを使うこともできたのではないか。
- 円柱を振動させることによる空気の乱れの影響はどう考えればいいのか?3ケースとも同じだからよいのだ、と言うだろうが、円柱が右へ動いている時に衝突するか左に動いている時に衝突するか、といった考慮は要らないのか?(要は、空力的な影響はないよと言って欲しい)
- 明るさや周囲の模様などの視覚的影響は考慮したのか?(これはブーメランですが…)
- 翼運動:ハチの羽ばたき周波数は 100-200 Hz なので、500 fps では一周期につきよくても5フレーム、おそらく2, 3フレームしかないので、翼運動の取得が難しいのはわかるが、SA3は1000 Hzでも最大解像度を使えるのだし、そこまで広範囲を撮影しているわけでもないので、頑張れば羽ばたき振幅くらいはとれたのではないだろうか。少なくとも言及はして欲しかった。
- 個体数が多いし、ランダムにサンプルしてるから大丈夫だろ、ということだろうけど、質量くらいは計測した方がよかったのでは。というか、質量すら計測してないのに centre of body mass とはいかに。せめて体積中心ではないのか。ある1個体を解剖して…みたいにやってそうだけど、それならそう書くべき。
ツイートへの言及
twitter でいくつか関連ツイートを見かけたので、それに言及する形でコメントを挟んでいってみます。なにかあれば @dynamicsoar までどうぞ。
1
マルハナバチの障害物走。
— 叱咤過侮離のtapa (@tapa46) 2016年6月16日
ハチの翅が摩耗すると死亡率が高くなることが判っていて翅が摩耗して短くなると操縦性が低下することが原因ではないかと考えられているが、ハチに障害物走をやらせて翅の摩耗が操縦性に影響が出るかを検証した結果、加速度は落ちたが衝突率は摩耗しても変化はなかった。
manoeuvrability は操縦性ではなく機動性と呼ぶのが一般的だと思います。それから実際には実験的には摩耗させたのではなく、翼端近くを切り落としており、これによって摩耗をシミュレートしています。
2
ちなみにハチの両方の翅の先端の2割の面積分(両方の合計なのかそれぞれ2割ずつなのかは不明)を切り取ってもピークの加速度は1割程度しか落ちてないらしい。まずそんなんでよく飛べるな、と。
— 叱咤過侮離のtapa (@tapa46) 2016年6月16日
以前話した昆虫の翅は飛行機の翼に比べて損傷に対する補償能力が高いよね、という話を思い出す。
切り落としたのは正確には翼面積の 22% です。「両方の合計なのかそれぞれ2割ずつなのかは不明」というのは意図がちょっとわからないのですが(同じことでは?)、「それぞれ」で理解すればよいでしょう。
「まずそんなんでよく飛べるな」について。前述のように翼運動は計測していないのですが、おそらく翼端を切り落とした個体では、羽ばたき振幅を増やして補償していると思われます。他の可能性としては翅の長軸まわりの回転、いわゆる迎え角も変えているかもしれません。あと羽ばたき周波数は、筋肉が非同期型間接飛翔筋なので大きくは変えられないのでは、と思いますが専門外なのでわかりません。アクチュエータ(筋肉)側が同じでも負荷が減ったら多少は周波数増やせるのかな…?
「昆虫の翅は飛行機の翼に比べて損傷に対する補償能力が高いよね」について。もちろん、翼に燃料や兵器を積んでいて、引火性の観点からは飛行機の方がロバスト性は低いのですが、単純に翼面積の減少に対してどうか、というと… 軍事航空ファンには有名な話で、イスラエルの F-15 が片翼をほとんどもぎ取られた状態で帰還した例があるので、まぁ、一概には言えないかなとは思います。
www.youtube.com
それから、結構前から、一部の動翼が動かなくなったりした状態でも、残った動翼だけで制御則を切り替えて飛行を継続しよう、という試みは reconfigurable flight control とか intelligent flight control system (IFCS) とかいう名前でやられているようです。
3
翅が短くなると加速度は落ちるが、操作性はむしろ高まっている可能性があるとのことで。
— 叱咤過侮離のtapa (@tapa46) 2016年6月16日
確か翅の長さが短いほど小回りが効くんじゃなかったっけ?ハエとかがいい例。
まず前半ですが、ちょっと違います。おそらくアブストの
wing wear did not increase collision rate, possibly because shorter wingspans allow more room for bees to manoeuvre
の部分だと思います。まずこの論文では機動性 = 並進加速度ということにしています。その上で、ここで言ってるのはこういうことです:「翼端を両方切り落とすと、加速度 = 機動性自体は低下した。しかし、衝突の頻度は変わらなかった。これは柱と柱の間の距離に比べて翼幅が短くなったから、ぶつかりにくくなったためかもしれない」
一方、後半ですが、翼が短いほどローリングの慣性モーメントは小さくなるので、その意味ではロール回転(横転)しやすいのはその通り。しかし空気力が作り出すトルクという意味では、空気力の作用点までの距離つまりモーメントアームはむしろ長い方がよいため、一概には言えません。ショウジョウバエの機動性と翼平面形については、以前のエントリを参照:
とはいえ、もっと大きなスケールで比較した場合、つまり…
翅が短いと小回りが利くって話は鳥でも一緒で、縦横の幅の比、アスペクト比が小さい短い翼の持ち主はハチドリやスズメのように小回りが利くってのを聞いたなぁ。アホウドリやグンカンドリのように細長いアスペクト比が大きい翼は飛ぶのに効率が良いという。
— PEL205リラ (@PEL205) 2016年6月16日
これはおそらくその通りです。…が、ちゃんとオーダ比較してスケーリングをしてみないと正確なことは言えないかな…ええと…これは宿題ということで…
4
いずれにせよ翅の摩耗がハチの死亡率を高めている原因は、操作性の悪化ではなく加速度の低下ではないかともこの研究では予想しているようで。
— 叱咤過侮離のtapa (@tapa46) 2016年6月16日
空中で攻撃された際の逃避行動の瞬発的な加速とかが生死を分かつのかもね。
前半部分はアブストの最後の文
If escape from aerial predation is constrained by acceleration capacity, then our results offer a potential explanation for the observed increase in bumblebee mortality with wing wear.
の前半部分についてだと思いますが、既に述べたようにこの論文では水平加速度=機動性ということにしているので、誤読かと思います。この文は概ね、「もし空中捕食者(鳥とか)からの逃避[の成功率]が加速性能(=機動性)によって決まるなら、今回の論文の結論(=翼端落とすと機動性低下)は、翼端が摩耗したマルハナバチの死亡率が高いことの説明になりうる」くらいです。
おまけ:円柱の Re
ところで、ついでに円柱の Reynolds 数を見積もってみる。
(6.4 mm diameter, 6.35 cm spacing) mounted on an orbital shaker, which was oscillated at 2 Hz frequency and 2.5 cm amplitude.
とある。したがって、円柱の平均速度 U, 円柱の直径 D, 空気の動粘性係数 とすると、
であり、Reynolds 数 Re は
となる。とても小さい。非定常だから微妙だけど、定常ならギリギリ双子渦か(振動は始まってるか)?だから影響がないと言えるわけじゃないかもしれないが、飛行速度や翼端速度の Re(千から数千のオーダ)よりはずっと小さいことはわかる。…U の計算(単振動の平均速度)だけちょっと怪しいけどたぶんあってるはず…