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主に研究関係のメモ

読んだ本の感想:『植物の形には意味がある』

本の情報

全体を通しての感想

縦書きソフトカヴァの一般向け図書。「ティンバーゲンの4つのなぜ (ja.wikipedia)」でいうと、主に植物の形状がもつ機能的意義、つまり究極要因にまつわる話だ。必然的に、メカニズム(至近要因)についての話や進化の話もある。僕が苦手とする、どの蛋白がどうなって、とかどの遺伝子が発現して、みたいな ontogeny(発生)の話は少ない。ガチガチの植物バイオメカニクスではないが、バイオメカニクスにちょっとだけ踏み込んだような内容。専門用語は少ないか、あってもかならずフォローされていて、非常に読みやすい。なお、こういう形態と機能の話はマクロ生物学(少なくとも動物学)の人々の間では form & function とか functional morphology などと呼ばれるようだ。

著者の専門は光合成のようで、力学的な話は誤解と思われる内容や、推測もちらほら見られた。ただし全体としてはなっとくできた。また本書では随所で「〜はなぜあるのだろうか?」という疑問の提示の直後に空白とダイヤのマークが置かれていて、「自分で考えてみよう」と促している。その後に著者自身の考えが述べられるのだが、多くの場合に「こうである」ではなくて「こうかもしれない」とか「実はよくわからない/わかっていない」という open questions のかたちで終わっている。ある意味では投げっぱなしではあり、著者のリサーチ不足では?という面もあるが(もし著者が修士1年生だったらみんなそういうツッコミするのでは?)、これはこれで読者に考えさせるのでよいな、とも思う。少なくとも、「バイオメカニクスが専門ではないが植物の専門家ではある研究者」が常識的には知らないようなことである、ということがわかるだけでも価値のある情報だ。どうやら、力学的にはまだまだ調べられることは多いのだな、という印象。

そういえば、読んでいて思い出したのだが、僕が初めてバイオメカニクスに興味を持ったのも植物からで、『エンジニアから見た植物のしくみ』というブルーバックスを中学生か高校生の時に読んだのが最初だった。大学に入ってからはすっかり植物に対する興味は失っていたのだが、今になってみると、やっぱり面白そうだな、という感想を抱く。実は昆虫飛行、とくの翅の形状などのバイオメカニクス的な側面について1990年代に大きな貢献をした Roland Ennos という研究者が、その後で植物の力学にフィールドを移している(ようだ): http://www2.hull.ac.uk/science/bbes/ourstaff/academicstaff/profrolandennos.aspx。 そしていまでは、僕自身も、植物バイオメカニクス関係の研究は将来やってみたいな、という思いが少し前からある(今すぐには難しいが)。

個別の点

以下では自分が疑問に思ったことなどを箇条書きで書いてみる*1

  • page 66: 『植物にとっては、「暗闇」=「土の中」』だというが、本当か?他の植生に覆われている可能性もあるのでは?もし、植物がこれらを識別できているのだとしたら、そのメカニズムはなんだろうか?
  • page 70あたり: なぜ、二酸化炭素は葉の表面から取り込むのだろう。管で輸送しない理由は?←というメモをしていたが、いま思うと、どちらかというと話が逆だ。「なぜ、二酸化炭素以外の物(要は水だ)を葉の表面から取り込まずに、根から取り込み、輸送するのか?」だ。結局、空気と水の比重の違いによって、空気は土よりも上、水は土よりも下になるから、というのが基本的な答えになるのだろうか?
  • page 118: 「タンポポも茎がほとんど見えません」とあるのだが、これは一体…?タンポポに茎はあるでしょ??いまいちわからなかったのだが、どうやらロゼットと呼ばれるタイプの植物で、葉っぱが地面から出て(正確には地下茎から出る根出葉?)、それと茎の長さが同じくらいだから「遠くからは」見えづらい、ということだろうか。タンポポの茎はむしろ結構目立つと思っていたので、いまいちしっくりこないが…。
  • page 121からの「茎の高さは何によって決まるのか」の話。特に気になったのは高さの限界についての話。水を吸い上げるというという内部流れの話があり、これ自体は面白いのだが、それ以外の話がなかったのがとても残念。僕でなくても思いつくであろう「上空は地表よりも風が強いはずで、その影響は?」とか「上に行くほど軽くしたいところだと思うが、幹自体がテーパーかかるのか?それともテーパーにはせず枝の本数が減るだけなのか?種によって違うのか?」みたいな議論が、なかった。聴きたかった…。
  • page 222: タネをバネの力で弾き飛ばすタイプの植物(筆者は「カタパルト形式」と命名)について、『おそらくは、空気抵抗が少ないことが要求されるので、丸い種子になるはずです』とある。しかし、Reによって違うけれど、空気抵抗は丸よりも流れ方向に引き伸ばした形の方が小さい可能性がある。したがって、「種子の形にはそれほど多様性が生じないでしょう」という結論にも本当だろうか?という疑問が残った。直径を代表長さとしたReがとても小さくて (Re~1)、摩擦抗力に比べて圧力抗力が無視できるほど小さい、というのならわかるが、Re~100とかもっとあるのならば、そうとは言い切れないのではないだろうか。
  • page 234: 形ではなく、機能で収斂が起きているのだ、という話。とても面白い。同様の事例をもっと沢山知りたい。
  • page 244: サワグルミ。葉が風を利用して回転?これは知らなかった。
  • page 249: ヒマワリが太陽を追いかけて回転する意味について。→ ひまわりの屈光性について | みんなのひろば | 日本植物生理学会 などで、メカニズム(至近要因)についてはオーキシンがどうのこうの、とあるのだが、意外と(ググり方が悪くて)、機能的意義についてはよくわからなかった。やはり光合成速度と関係あるんじゃないの?という気がするんだけど違うのか…
  • page 252: 葉が南を向かない理由。そもそも、日本限定でいいのか?←とメモにあったが、おそらく南半球ではどうなのか、とか赤道直下ではどうなのか、というのを知りたかったのだと思う。

拡散と対流について

僕は構造力学には弱いので、「そんなものかぁ」と読めるのだが、流体力学はどちらかというと専門なので、記述がいちいち気になる。

二酸化炭素

光合成には光・水・二酸化炭素 (CO2) が必要、ということで何度かCO2の話が出てくる。が、ほとんど拡散のことしか書いていない。葉の内部での輸送ならそうなのだろう、という想像はつくのだが、まずここに関してやっぱり Reynolds 数みたいなもの(実際には別の無次元数かも)が欲しかった…。まぁたぶん一般書だから、この本としては無い方がいいという判断だろう。

風と蒸散

page 89 から、対流が出てくる。ここの論理展開がちょっと他の部分と比べるとちょっと(かなり)雑に感じられた。もっというと、自分がよくわかる部分について雑ということは、他の部分も雑なのでは?という不安が滲んでしまった。

まず p. 91 で「風の吹く方向と垂直に何か大きな平面体があると、風速はぐっと落ちます」とある。けれど、次の段落および図4.2 ではどう見ても風の吹く方向と 平行に 壁がある状況を考えている。まずここがよくわからない。後者、特に図4.2 は明らかに境界層の話をしている。また『当然ですが、空気が動かなくなった領域では拡散しか頼るものがありませんから』とあるが、当然ではない。いや、空気が本当に動かなければそうだが、まずそもそも「動かなくなる」というのが誇張だ。境界層はたしかに速度は小さいが葉の表面からわずかでも離れれば当然速度はゼロよりも大きい。さらに、境界層が層流でなく乱流であれば、拡散でしか物質輸送がなされないというのも事実ではない。つまり、ここでは境界層についてもっと踏み込んだ話を避けることはできないはずだ。ところが本文では以下のような論理展開がなされる:

  • 物体(葉)が大きいと『空気が動かない』ので、拡散でしか物質輸送がなされない
  • 『風速が大きければ大きいほど、物体の近くまで空気が撹拌』される
  • 『物体が大きければ大きいほど、空気が撹拌されない範囲が大きく』なる
  • したがって、葉の表面に『二酸化炭素が効率的に届くためには、風速が大きいか、葉が小さいか、少なくともどちらかが必要であることに』なる

実際には、境界層が乱流に遷移すれば平板(葉)に対する垂直方向の物質輸送は促進される。境界層が乱流に遷移するかどうかはサイズだけでは決まらないものの、仮にサイズだけでいえば、葉が大きい方が乱流に遷移しやすい。したがって『風が吹いていないときには、葉を小さくしないと二酸化炭素を取り込めない可能性がある』という結論は、早計で、境界層が層流か乱流に遷移するかどうかを検討した方がよい。

というか、こんなのはおそらく瑣末な事項…とも言いきれないが、もっと他に大きな問題があって、そもそも論として、風向きおよび葉の3次元形状の検討が決定的に不足していると思う。まず、「風と葉の平面が平行」という仮定にだいぶ無理があるのではないか。これは別に流体力学の専門家でもなんでもなくても思いつくことだろう。実際には、葉が平板の翼だとしたら、迎え角(風と葉のなす角)をだんだん大きくしていくと、どこかで流れが前縁(風が吹いてくる側のふち)から剥がれて(剥離して)、葉の上面には渦ができるはずだ。そのような状況ではたとえ境界層が乱流になっていなくても、物質輸送は促進されるはずだ。また、ここまでは葉が平板であるという仮定をしてきたが、実際には葉は平板ではなく、かつ、葉の周りのふちもギザギザしたりとさまざまな形をしている。したがって、たとえ迎え角が小さくて概ね平行のような流れがあったとしても、「ふち」で流れが乱されたり、剥がれたりして、やはり渦ができて、物質輸送が促進されることはありえるだろう。

というような議論がなされていなかったのが残念だった。もちろんこの本の全体を通して貫かれている注意深さをもって『自然環境を二酸化炭素と風速だけで考えるのは乱暴で、実際には、光の明るさや温度などの要因も絡み合って、葉の大きさの多様性が生み出されているのでしょう』とあって、こういうのはとてもよいと思うのだが。

一方で、そのあとの pp. 94-95 のコラムはとてもおもしろい。葉に当たった日光で葉の表面が暖められ、これによる上昇気流で二酸化炭素の輸送が促進されるのでは、というようなことが書かれている。要するに風がある時というここまでの話は強制対流だったが、自然対流もあるよね、ということだ(これらの用語が使われていないのが、一般向けだからなのか、著者が知らないからなのかはわからない。前者だとしたら、読者が further readings をできるように、使ったほうがよいと思うのだが…)。

おまけ

ところで、 p. 90 あたりで、水を下ではなく上から温めたらどうなるかという思考実験をしていて、表面付近で沸騰することで撹拌されるだろうという予想をしているが、実際には沸騰する前に表面張力駆動のマランゴニ対流が起きるのではないだろうか。加熱の程度によるのかもしれないが。

我々はいろいろな性能を比較するとき、何を指標とすべきだろうか?*2

最後にちょっと抽象的な話。この本では光合成の効率を「単位面積あたりの光合成速度」あるいは「単位重量あたりの光合成速度」としている。そして「何で比較するか」には色々ありえるので、気をつけよう、というような姿勢が見られる。これには大いに同意する。

具体的に気になっている例がいくつかあるので挙げてみる。

たとえば、最近知った研究で「動物(アリとか魚とか)の活動の度合いを調べる」というようなものがある。この「活動の度合い」はどう定義するのが妥当だろうか?それがどうやら「ある距離を動いたこと」だとか「速度」とか「加速度」なんかで評価されていることがあるようなのだ。僕からすると、ある時間におけるエネルギ消費量か、エネルギを時間で割ったパワ(仕事率)で定義する方が適切であるように思える。あるいはせめて、質量(つまり個体による体重の違い)を考慮すべきではないのか?と思う*3

類似した話として、ハトの飛行に関する研究で、帰巣する際に、「直線に近い方が性能がよい」という定義をしているものがあった。しかしこうしたルート選択の際にも、このように「かかる時間を減らす(平均速度を上げる)」という指標の他に、たとえば「消費エネルギを減らす」とか、「ある一定以上のパワを使わないようにする」というような視点などもありえるのではないか。あるいは、場合によってはこれは質量(体重)の違いが交絡となっている、という見方もできるのかもしれない。

そういえば、人に指摘しているだけではなくて、自分たちもよく、鳥の飛行において、横軸に「飛行速度」、縦軸にパワをとった「パワーカーブ」というものを描くのだが、これも体重あるいは翼面荷重で正規化する必要があるのではないのか?というのを思ったことがあり、同僚に話したのだが、「なるほど確かにそうかもしれんな」という反応だった(が、複雑になりすぎるためか一緒に書いている論文ではそういう処理はしていない)。これに関しては他の研究者の意見も聞いてみたいなぁ。

話を戻して、この本に関して言えば、著者はバイオメカニクスの専門家ではないため、ベネフィット/コストで評価するときのコストについて、力学からの視点がややピンぼけかなぁということがあったりする。残念ながら僕自身も材料力学・構造力学はあまり強くないので気持はよく分かるのだが…。

*1:それにしても、紙の本というのは、検索できないためいちいちページ数を書かなければいけなくて、とても不便だ。

*2:最近、森博嗣の小説を久々に読んでいたので、あまりにも森博嗣的なセクションタイトルになったことにはご理解をいただきたい。

*3:これは、アリの研究者には既にコメントとして伝えた。