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主に研究関係のメモ

セキレイが昆虫(蚊)を捕まえる高速度撮影動画の何がそんなに嬉しいのかを解説する

前提

動画

まずはこのツイートの動画を見てほしい:

僕の反応

これを見ての僕の興奮気味のコメントがこれ:

解説

この動画の何がそんなに素晴らしいのか、ということの解説を、以下ですこし試みてみる。

被食-捕食 (predation-prey interaction)

これはそのまま、蚊(らしい)をセキレイが食べる、という関係。動物の生態学・行動学の大きなテーマの一つとして基本的に重要。…専門から遠いのでぜんぜん語れないなーってのがバレバレですね。

ビジョン・認知・神経生理&制御

これは何を言いたいかというと…。動画で、画面の左上から昆虫がすーっと入ってくる。するとあるところで鳥はその存在に気づく。おそらくは視覚的に…*1。なんでこのときに鳥が気づいたと観察者(僕)が思うかというと、このときに鳥が頭をスッと左に振ったから。そしてすぐに離陸体制に入ることから、空中を移動する物体がただのゴミではなく獲物だと既に認識しているのだろう。

ここでスゴイのは、昆虫の移動にちゃんと合わせて捕食に成功しているということ。昆虫の動きは、概ね、画面の左上から右下にスーッと来て、少しホバリング気味になって、食べられる直前にはまた右下に動いている。で、鳥の方は 何とかして この動きにしっかりと追随して、最終的には見事にクチバシで捉えている。

つまり、おそらく、(A) 昆虫の動きを予測して (B) 自分の運動を制御している。離陸から捕食まで、羽ばたき1回とあまりにも早いので、主にはフィードフォワードだろうけれど、フィードバックも併用しているかもしれない。というより、時々刻々予測と制御を繰り返している…?(以下で言及)

GRF (leg thrust)

これは上のツイートで言ったとおり、地面反力および蹴り出しのこと。なんだけど、制御と絡めてみると…画面上でちょうど昆虫が鳥の真上にきてややホバリング気味になったところで蹴り出し始めている。しかしその後、蹴り出しの途中で昆虫は画面右下に動き始める。で、これは2次元画像だけからではハッキリわからないんだけど、もしかしたら、左の脚の蹴り出しタイミングを極わずかに遅らせて、右へのロールと言うかヨーというか、のトルク*2を微妙に発生させているかもしれない。それによって昆虫の飛行方向(未来位置)へと指向している可能性がある。

UPDATE 2018-03-08

左右非対称羽ばたき

まず非対称かどうか以前に、蹴り出しと羽ばたきのタイミング(神経生理・制御的にはコーディネーションというのかな)が面白いし研究対象になっている。ちょっと文献は省略するけど、モンタナのグループがずっとやっているし最近も論文が出ていた(積読)。

で、今回のケースで、まずそのタイミングがどうなのかというと、翼はたたんだ状態から始まるので、蹴り出しの開始に合わせて翼は打ち上げ始めている。蹴り出しの最中で打ち下ろしに切り替わり、脚が伸び切ったあたりで打ち下ろしが終わる、と同時にこのときにはもう昆虫を捕食している。速い。

さてここで、昆虫が画面で右(鳥にとっても右)に動いていることを思い出して再度動画を確認すると、明らかに打ち上げは左翼の方が右翼よりも速く、かつ、より上方まで振っている。その後、打ち下ろしの終了時点では、左右の翼端はだいたい同じ位置にまで下りている。つまり、左翼の方が右翼よりも、羽ばたき振幅も羽ばたき周波数も大きい、ということ。すると左翼の方が空気力が大きいはずだ。鳥の重心位置からそれぞれの翼の風圧中心までのモーメントアームが概ね等しいとすれば、鳥の重心まわりの回転を考えると、右へのロールと言うかヨーというか、のトルクが発生することになる。つまりこれも、昆虫の移動方向に適合しており、追尾の役に立っている可能性がある。

しかしここでひとつ問題がある。動画を再度よく見ると、翼の打ち上げ開始時点では、昆虫はほとんど空間上で静止しているのだ。すなわち、この瞬間の情報だけから判断して、左右非対称な翼の制御ができるのか?という疑問が湧く。これには2つの可能性があると考える。ここではひとまず、無風に近いと仮定する。

  1. 昆虫がホバリングする 前の 情報(飛行軌跡ないし速度ベクトル)を利用している。つまり、「左上から右下に来たので、一旦ホバリングっぽいけどまだ右下にいくやろ」という予測をしている、という可能性。これ、カルマンフィルタ的な予測って言って良いんですかね(違ったらすいません。勉強します)。
  2. 動画をもう一度よく見ると、このホバリングっぽいことをしている瞬間の昆虫は、動画の見た目上とはいえ、体が右に傾いている というか、向かって左の翅がやや上、向かって右の翅がやや下にあるように見える。実際には翅は細かく振動というか羽ばたいているのだろうけれども。とすると、昆虫にはたらく揚力ベクトルは、時間平均すると概ね「右上」を向くはずだ。上下方向(≒鉛直方向)については重力とほぼ釣り合うだろうが、すると右方向の成分が残る。したがって、右方向に加速する。…という予測が成り立つかもしれない。つまり、何を言いたいかというと、鳥は「昆虫が(向かって)右に傾いている」という情報から、「これから右方向に移動するだろう」という予測を立てて、それに適したフィードフォワード制御を行った可能性がある、ということ。

実際にはこれらの両方を組み合わせているのかもしれないし、他の情報も使っているのかもしれない(ちょっとすぐには思いつかないが)。

非定常空気力

んー、今の場合は、非定常かどうかというのはそんなに関係なかったか。それよりも羽ばたきが左右で非対称で、空気力もアンバランスだよねっていう方が大事。まぁ確実に非定常空気力を使ってはいるんだけども。

Alula 展開してない

Alula (小翼羽)ってのは、ヒトでいうと親指にあたる(らしい)部分についている羽根のこと*3。普段は翼面にペタッと張り付いているのだけれど、こういう高機動をするときにはしばしば展開されて、飛行の役に立っているっぽい。具体的なメカニズムとしては、飛行機で言うところの vortex generator (VG) 的な機能だとか、slot/slat/前縁フラップ的な機能であるとか言われていて、決着はついていない。最近も Sci. Rep. に論文が出ていて、VG だと主張していたが、実験があまりにも incomplete で僕は全然納得していない。否定するわけじゃないけど inconclusive でしょ、ってこと。あと展開が active なのか(意識して展開しているのか)、passive なのか(風圧や慣性力で展開「される」のか)、というところも結論は出ていない。僕は主には active だと思うけど、全ての種・全ての飛行状態でそうか、と言われると、全然わからん。

んで、今回の話に戻る。再度動画を見ると、alula はどうも両方の翼で展開されていないように見える。僕の考えを言うと、これは捕食までが早すぎるから、だと思う。羽ばたきがたった1回しかできていない。Alula が必要ないと判断したのか、動かしている暇がなかったのか、はわからないけれども(←これがどっちなのかって判別するの超難しそう。EMGしても何もとれないわけだし。脳の方を調べるのかな?)。つまり、僕の意見としては、もしこれが最初の1回目の羽ばたきで捕食できず、3-4回とかもっとかかっての捕食だったら、途中で展開していたのじゃないかと思う。

UPDATE 2018-03-08: 補足

というわけで風は少なくとも強くはなかった模様。5 m/s というのは気象情報として、だと思うけど、現地ではもっと弱かったのだろう。風洞で過ごした経験から(というかパワーカーブ的に言って)、5 m/s というのはこのサイズの鳥にとってはそこそこの風速ではある。

ただいずれにしろ捕食まで羽ばたき1回しかない(時間にして 1/10 s 程度かそれ以下だろう)わけで、2-3 m/s 程度の風速であれば影響はかなり小さいだろう。

最後に注意

以上のことは全部、カメラ1台だけの動画から得られる情報を基にした、妄想(といって悪ければ、推測)にすぎない。本当に認知がどうなって、コーディネーションがどうなって、力学がどうなって…というのを調べるのは、もちろん、とても、大変。

とはいえ、最初の取っ掛かりというか、仮説としては、概ね上のような感じで立てても悪くはないのかなと思う。ちなみに僕ならカメラを2台にしてステレオ撮影をするところから始めるだろう。…その前に出不精を何とかしてフィールドに行かないといけないが。

*1:あ、蚊だったら音もあるかもしれないか。いま気づいた。

*2:ローカルな座標系をどうとるかによってロールと呼ぶかヨーと呼ぶかは異なるけど、胴体軸を基準にした胴体座標系で考えるなら、主にはヨーでいいかな。ロールも少し入るとは思うので厳密に区別しなくていいとも思うけど。あと、特にホバリングの場合などでは胴体座標系ではなくストローク面座標系を使うこともあるのでそこんとこは注意。

*3:ほとんどの鳥にあるらしいが、ハチドリにはない。