羽ばたきとプロペラは「同じ推進原理」か

イントロ

こういうのを見た:

「同じ推進原理」というのが「翼を使って吹き下ろしを作ることの反作用で空気力を得ている」というくらいのザックリとしたスコープだったらもちろんそれでいい。一方で、もう少し詳しいメカニズムを気にすると、一概に「同じ」とは言いきれない(←控えめな表現)。現象のスコープというのか、粒度というのか、モデルの精密さというか、そういったものによると言ってしまえばそうかもしれない。

…これで終わるとつまんないので、「じゃあ詳しく見たとき、羽ばたき翼が回転翼(や固定翼)と違うところってなによ?」というところを、自分の考えの整理も兼ねて、少し書いてみる。

羽ばたきは何が違うか

Re (Reynolds数) が 10^4 未満くらいのスケールの飛行を考える。だいたい、ハトとかカラスと同じかそれ以下と思ってくれていい。人が乗るサイズの航空機で一般に使われている固定翼や回転翼 (Re > 10^6) と大きく違うところを挙げてみると、

  1. AoA (angle of attack, 迎え角、迎角) 大きい
  2. それに伴い、固定翼的な定常的な空気力に加えて、前縁渦(など)による非定常空気力が生じている

というところだろうか*1

AoAが大きい

固定翼では数度から10度程度、回転翼もそれくらいだと思うが、小型生物の羽ばたきでは、時間と場所にもよるけど最低でも10度、場合によっては40度とかもっとある。もう少し具体的に言うと、打ち下ろしの最初は迎え角50度とかで始まって、だんだん減っていって、でも打ち下ろし中期(一番空気力が出る頃)でも15度とかそれくらいで、まただんだん増えて、羽ばたきの半分が終わる。打ち上げも、すごく大雑把に言うと、打ち下ろしと同じような感じ(2015-10-25訂正:一般的に打ち上げが打ち下ろしに似ているとは言いがたい。多くの鳥やコウモリでは、打ち上げの際に翼をある程度折りたたむ (fold, flex) ため、打ち下ろしとは様相がかなり異なる。ただし打ち上げでも鳥の場合は空気力(推力)を発生しているようだ、という研究は最近でてきている。昆虫は翅を折りたためないので、おおまかには打ち下ろしに似ている。特にホバリングでは打ち上げと打ち下ろしで発生する空気力が1:1に近いことすらある。僕はずっと昆虫をメインでやってきたのでバイアスがかかっていた)。航空屋さんからすると「え、失速してますよね…?死ぬの?」という領域。でも、L/D (揚抗比)は Re 小さいし確かに悪いけど、全面剥離からの失速、とはなってない*2。その要因が前縁渦。

前縁渦に伴う非定常空気力がある

さわりだけ。Sane, S. P. (2003) The aerodynamics of insect flight, J. Exp. Biol. 206, 4191-4208 (doi: 10.1242/jeb.00663 ) という有名な review article より引用。

pp. 4197-4198:

Based on a wide survey of data available at the time, he [引用者注: Ellington] convincingly argued that in most cases the existing quasi-steady theory fell short of calculating even the required average lift for hovering, and a substantial revision of the quasi-steady theory was therefore necessary (Ellington, 1984a). He further proposed that the quasi-steady theory must be revised to include wing rotation in addition to flapping translation, as well as the many unsteady mechanisms that might operate. Since the Ellington review, several researchers have provided more data to support the insufficiency of the quasi-steady model (Ennos, 1989a; Zanker and Gotz, 1990; Dudley, 1991). These developments have spurred the search for specific unsteady mechanisms to explain the aerodynamic forces on insect
wings. 

二行で言うと、「固定翼や回転翼の理論そのままだと空気力が合わない(体重に足りない)」→「回転(固定翼理論に対して)と、あと非定常空気力も大事なんじゃね?」という話。

 p. 4200:

Experimental evidence and computational studies over the past 10·years have identified the leading edge vortex as the single most important feature of the flows created by insect wings and thus the forces they create. 

打ち下ろし・打ち上げの中期ごろに前縁の上にできる前縁渦 (leading edge vortex, LEV) が大事だよ、ということ*3。このLEVのおかげで、数十度もの大迎角になっても流れがアッサリ剥離→失速、とはなってない*4

LEV は今のところサイズの小さいところならショウジョウバエを含む多くの昆虫から、大きめなところではハチドリやアマツバメ、コウモリなどで確認されている(参考文献省略*5)。ただ、さらに Re を上げていった時に大型の鳥でもあるの?とか、定量的にはLEVってどんだけ大事よ?といったあたりはまだ調査中という感じ…かな。

 プロペラとローター

あと、基本的なところだけど、しばしば混同されるのでプロペラとローターの違いについて少し。ググれで済むっちゃそうだけど。

プロペラというと普通は360度の回転の間に取り付け角(ピッチ角)が変わらない回転翼のことを指して、飛行機のエンジンについてるやつがそれ。筒(シュラウド)で覆われた枚数が多くて薄いやつ奴はファンと呼ぶことが多い(ファンの場合インレットでの圧力回復の方が重要かもだが)。

一方、ヘリコプターについてる回転翼はローターと呼んで区別され、これは360度の回転の間にピッチ角が変化する。なのでどちらかというと羽ばたきに近いのはプロペラというよりはローター。だけども、ローターは周期的なピッチ運動はしてるけど、あれは前進速度との合成ベクトルによる迎え角を概ね一定にするようにしてるのであって*6、羽ばたきのように大迎角を使おうというわけではないし、人が乗るサイズになるとReが高くてLEVはできない(らしい)ので、話が違う、はず。

One more thing

ただし、最近の quad-rotor サイズだったりカエデの種子なんかの回転(これらは「プロペラ」)では、周期的なピッチ変化はないけど low Re かつやや high AoA なので LEV ができている (e.g. Lentink et al. 2009 Science; Kryut et al. 2014 J. R. Soc. Interface)。

ただこれにもまだ続きがあって、本当の翼にはねじり下げがあって、これによって回転半径によらず AoA が均一になるかというと、そうなっているというスゴイ結果もあるけど (e.g. Walker et al. 2009 J. R. Soc. Interface, 6, 735-747. See Fig. 6b!) 必ずそうかどうかはわからない*7。このあたりもちょうどアツイ領域。

*1:実際にはこの2つを high AoA でまとめて、羽ばたき運動自体の自由度の大きさや変形などを入れたほうがいいかな…とも思うけど、話が遠大になりすぎるのでやめよう。

*2:より正確には、そうなってない時間が十分な長さある、というべきだけど。

*3:非定常空気力には他にもいくつかあるんだけど、これが一番大事でしょうということでいいと思う。

*4:LEVが失速までの時間を遅らせる、という意味でこの現象を delayed stall と呼ぶことも初期にはよく見られたが、最近はあまり見かけない。

*5:わたし、気になります!という方は@dynamicsoarまでどうぞ

*6:だよね?記憶で書いてる。疲れてきた。

*7:というか、その、早く論文出します…。