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主に研究関係のメモ

論文読み: Thermodynamics of the bladderwort feeding strike—suction power from elastic energy storage

概要

論文

Thermodynamics of the bladderwort feeding strike—suction power from elastic energy storage | Integrative and Comparative Biology | Oxford Academic

発端など

全然わからんと言われると(けど自分では大体わかりそうとなると)解説したくなる。なにより内容的にも面白そうだし、last author が僕が修士か博士学生のときにボス・他の学生と共同研究をしていた Ulrike(ユリーク、に近い音)だったこともあって読んでみた。彼女の滞在中に、Ragtag という古着屋に行きたいというので案内したのは未だに覚えている*1

内容説明

先に言っとくと数式のとこは読んでません。アブストに Navier-Stokes とあるけど CFD をやってるとかではなく理論解析的なことをしてるみたい。

エネルギ変換パス

Figure 2 を見るとわかりやすいのだが、エネルギ変換は以下のようなパスを辿っている:

  • bladderwort(タヌキモという植物、獲物を吸い込むらしい):
    • 化学エネルギ(筋肉相当のやつ…?) → 弾性エネルギ(壁を変形させる loading phase)+熱(変形の際にわずかだろうけど熱になる)
      • 弾性エネルギ → 運動エネルギ(獲物を吸い込む水流を生み出す unloading/suction phase) + 粘性散逸による熱
  • largemouth bass(オオクチバスという魚):
    • 化学エネルギ(筋肉だと思う) → 運動エネルギ(獲物を吸い込む水流)+ 粘性散逸による熱

で、このオオクチバス自体なのかはわからないけど(読み込んでないので)、タヌキモとサイズの近い魚の larva(生後すぐの…稚魚?)と比較した場合、タヌキモの瞬間的な suction の方が、larva の suction feeding よりも効率がいいらしい。つまり、このエネルギ変換における、最初に投入した化学エネルギに対して最終的に有効に使える運動エネルギの割合が大きい(熱の割合が小さい)場合に効率が良い、ということ。どれくらい違うかというと、タヌキモでは17%が粘性散逸によるロスである一方、fish larva では 60% にもなるらしい。なお、この17%というのは、ちゃんと読んでないのでわからないけど、たぶん「化学エネルギ→弾性エネルギ+熱」のときの熱ではなくて、「弾性エネルギ→運動エネルギ+熱」の方だけの話だと思う。前者の熱は遥かに小さいんじゃないかな。ローディングは30分から10時間もかけてゆっくりやるらしい。と思ったけど…いや時間の問題じゃないか。移動量が小さいことの方が本質かな?なんにせよ、この壁面変形はたぶんかなり小さくて、ほとんど流れは起きないんじゃないだろうか。すいませんちゃんと読んでないし先行研究とかも全然見てないのでこの辺はアヤシイ…

PIV実験の手法説明

んで、この論文のメインパートは、この 17% という粘性(熱)へのロスを求めるところ、っぽい。実験部分だけざっと読んだので少し内容を説明してみる。

PIV (particle image velocimetry) という、流体中に浮かべた小さな粒子の運動を撮影して、流れの速度分布を求める手法を使っている*2。まず実物のタヌキモを使ってこの PIV をしているが、動きが 0.1 から 1 ミリセカンドで終了するらしく、速すぎるので、50,000 fps (frames per second) つまり1秒間に5万コマもの超高速で撮影しており、そのため解像度が 320x280 ピクセルに制限されている。このため時間・空間解像度が非常に小さく精密な計算には耐えないことから、このPIV結果自体を直接使用して解析するのではなく、かわりに、この結果をもとにして、拡大模型によるメカニカルシミュレーション(これもまたPIVだがもっとゆっくりでピクセル数も多い)を行い、そちらをエネルギ変換の計算に使っているようだ。

拡大模型を作る際には、スケールが違っても流れの様相が相似であることを保証するために、流れ場の相似則を満たす必要がある。それにはまず、形状が相似であることが必要だ。その上で、流れに関係する無次元数を一致させることが必要。今の場合は Reynolds 数(記号 Re)だけを一致させている*3。直径が 96 μm, 移動距離が 160 μm という微少なシリンジと思えばよいらしいのだが、この微小距離を 5.2 m/s という高速(最大速度)で移動するため、Re はこのサイズにしては意外と低くない 500 になるという。Re は Re = 長さx速度/動粘性係数で定義される。動粘性係数は粘性係数/密度なのである温度では定数だ。Re を求めるには速度と長さの選び方に任意性があるのだが、今回は直径を代表長さにしているようだ (Re = 5.2 * 96e-6/1e-6 = 499.2、ただし水の動粘性係数 1e-6 m^2/s はよく使われるざっくりした値)。さて、拡大模型は直径が大きいので、その分だけ速度をゆっくりにできる。一方で動粘性係数が水より70倍くらい大きな流体(鉱物油)を使っているため、速度はその分は速くすることにはなる(あるいは直径をもっと大きくするというか)*4。結果的に、直径は 32 mm と約320倍に、速度は1.09 m/sと1/5近くなっている。これにより滞在時間的には1470倍とかなり長くなる *5 ので、撮影的にも楽になる…といっても 1000 fps だけど。しかしこれによってピクセル数が増やせる(書いてないけどたぶん最大の 1280x800 だと思う)。

で、このあとは数式が並んでエネルギ変換効率の計算をしてるようだ。ここでは実物のタヌキモの容積計測値と、メカニカルシミュレーションによる流れの計測結果を使っているようだ。詳細は読んでません。

なぜ魚より効率がいいのかの推測

どうも Discussion みてもはっきりと書いてないんだけど、たぶん魚の方が(筋肉を使うしかないから)流れの吸い込み速度が遅くて、Re が低くて、つまり粘性散逸の割合が高い、ってことじゃないのかな?なんでこれをもっとハッキリくっきりわかりやすく書かないのかはちょっと謎。なぜかっていうと Ulrike は昔 Science の assistant editor かなんかをしてたくらいの経験があって論文のストーリの書き方にめちゃくちゃ気を使うので。むかし共著で Nature に出た swift の論文 *6 を書いたときの話を教えてくれたんだけど、最初のころの原稿はいかにもエンジニアーって感じの書き方・図だったのを彼女が相当ガシガシ手を入れて直したらしい。というわけで僕が読み飛ばして見落としてるだけで、そのあたりの議論はちゃんと書いてあるのかも。

拡大模型の妥当性

拡大模型の形状、相似じゃないよねこれ。そのことが本物の流れ場と拡大模型内の流れ場とに差異を生んでいることは確実で、あとはそれが無視できる程度なのか、重要なのか、というところの評価(少なくとも推測)が必要なのだけど、この論文自体には実物の流れ場の図が全く載っていなくて、定性的には判断のしようがない(数字で書いてるかもしれないが、そこまでは読み込んでない)。んでよく見ると "The particle tracking procedure and analysis is described in greater detail in Berg et al. (in press)." ってあるんだよね… どうやら実物の流れ場についてはこの別論文に書いてあるようだ。

*1:僕にはとても手が出ない値段だなーと思ってそれを言ったら、「長く使うんだからいいものに多少お金使うのはありでしょ」って言われた気がする。たしかにアリだ。高いと言っても古着なわけではあるし。あ、いま調べたら千葉店は閉店していた… https://twitter.com/ragtagshop/status/476179978724597760

*2:レーザシートで薄い板上の範囲のみを光らせることが多い。粒子としては空気中ではオリーブオイルや化学合成油の小さな液滴使われる。水中では(中性浮力に調整した)プラスチックの(?)粒子や気泡などが使われるようだ。

*3:タイトルで熱力学と言ってるわりに、別に熱力学というか熱流体関係の無次元数(めっちゃたくさんある)には気を使ってはいないみたいだった…いやたぶん大丈夫なんだと思うんだけど。

*4:この実験で鉱物油を使った理由は、どうもPIVのための都合のようだ。容器と密度が?近いので外からの撮影がしやすいとある。また可視化のための泡が留まりやすいとかもあるのかも…?

*5:この計算は、320 * 0.96 * 5.2/1.09 = 1465.5 かな?

*6: How swifts control their glide performance with morphing wings | Nature