動物飛行の安定性や制御に関係する研究をいくつか紹介してみる(前編=イントロ)

経緯

Twitter で、制御が専門だけど鳥に興味があるという方がいた。

というわけで、自分の専門ではないけれど鳥を含む動物の飛行、特に羽ばたき飛行関係での、安定性や姿勢制御の文献をいくつか列挙してみたい。

僕の専門は動物飛行の力学 (biomechanics of animal flight)、特に流体力学 (fluid dynamics)。これに一番近い制御は、姿勢の安定性・機動性に関係するところあたり。なので、基本的にはここから離れるとあまりよくわからない。文献や研究の網羅性・話の信憑性もそういう濃度分布を持っていると思って読んでほしい。

分野の概観

漠然と「動物の飛行にまつわる制御」とだけ言ってしまうと、実際には scope をどこにとるかでだいぶ違う話が含まれうると思う。おおまかには「羽ばたき運動や姿勢の制御」と、「飛行方向や軌道の制御(航法・誘導)」とにわけるとわかりやすいのかなと思う。

羽ばたき運動や姿勢の制御

ある個体が羽ばたき飛行をするための制御を block diagram 風に考えると、おおむね、

  • 感覚器(センシング)
  • → 神経系(信号処理&指令)
  • → 筋骨格系(力・トルクの伝達)
  • → 翼・翅などの運動 (kinematics)
  • → 空気力・慣性力、およびこれらに伴うトルクの発生
  • → 胴体全体の動力学を解いての自由飛行
  • (→ センシングしてフィードバック)

という感じになるかと思う。もちろん、これら以外の恒常性、たとえば体温の制御とかの生理学も重要。飛行は単位時間のエネルギ消費の大きな運動なので。

見ての通り、かなり扱う範囲が広いので、実際の研究は、これらの中でもざっくり「センシング・神経(+生理)」と、「翼運動から先の力学」とにわけられると思う。筋骨格系はこれらの中間かなと。後者(力学)をやってる人は工学系・物理系の人が多くたまに生物出身もいる、という感じ。一方、前者は生物学系の出身者がほとんどだと思う。これには、興味の違いもあるだろうけど、バックグラウンドやスキルの違いも大きいだろう。

前者の人たちが主に調べるのは、たとえば、羽ばたき運動そのものがどのような電気信号・筋肉の収縮・関節まわりの運動によって起こるか (neuromuscular mechanism) といった話。かつ、外界の刺激(e.g., visual, acoustic, or odour cues) に応じてこうした神経・筋肉の挙動がどのように変わるか、というセンシングも含まれる。実際には刺激としては視覚刺激が非常によく使われていると思うけど、これは飛行だからということと、操作しやすい変数だからなのかもしれない。こっちの人たちにとっては、「翼運動から先」の、要するに力学の部分は、ブラックボックスだったり、簡易的なモデルで表現することが多い。胴体を棒の先端などに固定する tethered flight という状態にして、自由飛行 (free flight) をさせないことも多い。これはもちろん、その方が神経活動や筋電位なんかを調べやすいからというのが大きいだろう。もっとも、力学の方でも tethered flight にすることは多いのだけれど。

僕自身の専門は、後者の力学の方になる*1。羽ばたき運動や羽ばたき中の翼の変形の計測・羽ばたきによる空気力(いわゆる揚力・抗力)やトルクの測定や計算、がまず基本としてある。さらにこれによる胴体の移動も調べる。飛行軌跡の計測とか姿勢の計測とか。当然、大気の乱れ等による外乱(擾乱)を受けた際の飛行姿勢の安定性についても調べる。羽ばたき運動(翼の角度)や尾羽根の角度を制御変数として、こうしたものが変わった時の空気力・トルクの変動を求めて、静安定を調べるのが基本、になるのかな。

ただ、もうすこし研究の実際をいうと、空気力を求める人と、そこから先の安定性・制御をやる人たちもやっぱり違う。これは工学屋ならわかると思うけど、要は流体系か制御系かで別れてるって感じだと思う。たとえば、制御の研究はシミュレーションをすることが多いようだけれど、彼らが空気力を求めるために使うのは基本的に簡易化された「軽い」シミュレーション (blade element)。一方、流体屋の場合はそれなりに「重い」シミュレーション (computational fluid dynamics, CFD) を行う。CFDの方は計算にかなり時間がかかるので、制御屋さんがやりたいような実時間で長めの計算というのは難しい。まぁ、それでも力技で羽ばたき20周期とか50周期とかそれくらいをやれないことはなくて、後輩との共著で僕もやったりはしたことがある。ただもちろんケース数が極端に制限されてしまうといったことになはる。

UoM Flight Lab の例

なお、ここまでで「研究者グループが違う」みたいな話を何度か出したけど、もちろん実際には case-by-case で異なる。たとえば、University of Monta Flight Laboratory は鳥の飛行の力学や進化の研究で世界トップレベルの研究所のひとつだけれど、筋電位を測ったり筋肉自体に歪ゲージ (strange gauge) を貼り付けて変形を計測したり、といった神経・筋骨格系のところから、高速度カメラでの羽ばたき運動撮影、およびレーザによる空気の流れの計測、といったところまで幅広くやっている。また、発生段階に応じた運動(つまり、ヒナが孵化して1日目、2日目、…で運動がどう変わるか?ということ)を調べてもいる。さらには、これらすべてを進化という文脈でまとめあげている。つまり、飛行にまつわる「ティンバーゲンの4つのなぜ」の全てをやってしまっている。もちろん、ここまで手広くやっているところはとても少ない…というか、鳥をここまでキッチリやってるところは世界でも数拠点しかない、と言った方がいいだろうが。

おまけ: 進化の話とは具体的にはどういうことか?鳥の飛行が *2 どう進化したかについては、樹上説 *3 と地上説 *4、という2つがあるのは聞いたことがあると思う。このラボのグループはこれらにかわる第3の説を提唱した。それが Wing Assited Incline Running, WAIR というもので、ざっくりいうと「鳥が木に登る(駆け上がる)ときに、補助として羽ばたきを使ったのが飛行の始まりではないか」というもの。実際に、ある種の現生鳥類では、生後すぐの翼がまだできあがっていない時点の個体よりも、翼が成長した数日後(数週間後かも)の個体の方が、登れる坂の最大の角度が急である、というようなことを実験的に調べている。

誘導・航法

隣接する分野として、誘導・航法 (guidance, navigation) がある。NASAの管制室なんかでよく出てくる GNC ってのが guidance, navigation & control [[en.wikipedia]]. こっちは更に専門から離れるので、自分ではやったことがないしあまり詳しくない。ていうか航法と誘導の違いがよくわかっていない。航法は自分の位置と方位を知ることで、ある場所へのホーミングが誘導、てことかな?まぁそのレベルの知識です。共同研究者でこちらがむしろ専門の人(バイオロギング屋さん)がいるので、自分でやろうという感じもあまりない。こっちは具体的には何かって言うと、たとえばわかりやすいのは渡り。あとは餌場までの飛行だとかそこからの帰巣なんかも。伝書鳩なんかもこれ。最近は新学術で 新学術領域研究 生物移動情報学 っていうのができていて、それなりに盛り上がってきているのかなという印象。

長くなったので、ここでいったん切ります。

*1:具体的には、修士の時に昆虫を単一の剛体とみなした6自由度動力学ソルバをスクラッチで書いたので少しだけわかるけれど、それ以降はほぼノータッチ、という程度。

*2:「翼が」ではない。

*3:Arboreal theory; 木の上から滑空したのが始まり。

*4:Cursorial theory; 地面を走りながら羽ばたいたのが始まり。