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主に研究関係のメモ

読んだ本:『すごい進化』

基本情報

General comments

進化の話、難しそうだなぁと思っていたがそんなことはなく、非常に読みやすかった。それになにより楽しく読めた。以下に感想・疑問点等を記す。

「適応度の最大化 == 生物の目的(という表現)」は揺るぎないのか?

まず適応度最大化を目的として設定(採用)します、というのはもっと explicit に書いておいて欲しかった。その上で、なぜそれを採用することが合理的なのか、というのを簡単にでも説明して欲しかった。

いまささっと読み返すと、p. 194 あたりに「暗黙の前提を疑う」というのがあって、内容に同意するかはともかく、うまい発想だなぁ、と思わされたのだけれど、だからこそ、根本であるっぽい「適応度の最大化」というあたりは陽に説明して欲しかったなぁ…。

あと、適応度という話がでてこなくて、記述上はどうも「個体数を最大化したいと思われます」みたいになっていたので、混乱したというのもある。

んー、でもまぁ、この本の scope ではないと言われればそれまでかな。ただここが明解でなかったので、読んでいる最中、ずーっと頭のなかにもやもや感が残っていた。

UPDATE 2017-06-22

これに関して、著者からコメントを頂いた(下記)

こうやって気軽に authors - readers がコミュニケートできるってのは本当にありがたい。

「制約」「適応」の定義とは?

この本は「一見すると制約に思えるような形質 (incl. 行動) でも、実は適応の考えで説明できるのではないか?」と知恵を絞って考えるというのが基本姿勢になっている。それ自体はとてもおもしろくて、「制約でしょ」とある意味で思考停止してしまわないことは大事だね、という教訓めいた読後感もある。

ただ…素人質問かつ根本的なことなんだけど、「制約」ってなんだ??いや、なんとなくはわかるし、個別の例も理解はできるんだけど、定義がいまいちハッキリとわからなかった。同様のことが(対立する概念っぽい)「適応」の方にも言える。

あと、この二者って本当に対立する概念なのだろうか。なんか、観察者(我々)の見方によってどちらとも言えるのでは(どちらとも言える場合があるのでは)、という気がしたのだけれど、どうなんだろう。たとえば、p. 23の卵の数の例は、制約といってもいいし最適化といってもいいのでは?…と思ったら、p. 25では「突然変異がまだ起きてないこと」「祖先からの形質をまだ維持しているだけ」ことが制約だといっている。あれ、そうなん?つまり phylogenetic constraints のことだろうか。「水辺に住んでいたから」とかの環境も制約になるのではないかという気がするんだけど。

あと、上では便宜的な表現としての目的論てきな表現は別にいいでしょ、と言っといてなんだけど、なんかやっぱり「いやいや」というのはうーん…いや、まぁこれは感じ方の問題かもしれないから、いいか。

「性選択・性淘汰」という表現について

この本では「性選択」「性淘汰」という表現がたぶん一度も出てこない。それどころかハッキリと ornament も「自然淘汰」である、と書いてある。実は僕も性選択って自然選択のサブセットじゃないの?と思っていたので、「あ、やっぱりこういう考え方でいいのか」と思えて、それはよかったんだけども、やはり補足説明というか、スタンスの明示というか、何かしらの記述が欲しかった。

特に、ツバメの tail streamer のようにいわゆる自然選択と性選択の両方が働いているのではないか、という議論がずっとあるようなケースについても触れて欲しかったなぁ(←僕が詳しいということではなくむしろ逆)、というのは感じた。

Specific points

後半はメモをとらずに一気に読んでしまったので、コメントは前半に集中してしまった。

p. 13 カタツムリの巻き方について

左巻きのカタツムリは繁殖において不利だとしても

んー?左巻きの方が多い状況なら、それは不利ではないのでは。いや、当初島に渡ってきた個体群は全て右巻きだが、その後繁殖する過程で突然変異により左巻きの個体が複数現れる、ということか?むしろ天敵が乏しいなどの理由で左巻きでも交尾時間がかけられて不利でない、などの別の要因は?

→ これはあれか、フィールドの生物学『右利きのヘビ仮説』を読めってことか…

p. 14 イトヨの生息環境と体型について

湖に生息するタイプではより持続的に泳ぎ続けるのに適した細長い体型 川に生息するタイプでは瞬発力を発揮しやすいようなややずんぐりとした体型

という記述があった。だけど、これらはそんなに自明だろうか?というかまず、真なのだろうか。魚は不勉強で、僕は直感的にも論理的にもすぐにこれを判定できない。尾ビレだったら、マグロみたいに細長い方が誘導抗力が小さくて省エネで、コイのような団扇状の形状よりも高速遊泳に向いているというのは聞いたことがあるんだけど、横から見た時の体の形態(アスペクト比)についてもそういったものがあるのか。あるんだろうけど。

ただ…真であるとしたら、流体力学のことをあまり(ほとんど)知らない人でも直感的にそのように思うのであれば、それはどうしてなのだろう、というのもちょっと興味深い。

pp. 23, 25 制約について

Major comments を参照。

pp. 43-45 卵の形状について

とてもおもしろかった。のだが…卵がなぜそもそも球形なのか、という基本的なところの説明、および関連した掘り下げないのが残念だ。普通に考えると、構造的 and/or 熱的な理由で球形なのだろう。まぁその省略は別に(僕としては)いいのだが、ではそれの意味するところは、というさらなる思考が必然的になされるはずだ。

つまり、球形であることにはそもそも利点があるのだから、縦長化には限度があり、縦長化によって形態的制約は ある程度までは 緩和されうるものの、依然としてその制約は存在するし、不利な点も同時にあるかもしれない、と考えるべきではないか。

pp. 47-48 尾てい骨

形態ではなく、行動の側が淘汰されたのかもしれない、のでは?形態が淘汰された方が自明だ、というのがわからなかった。

もっというと、これって別に尾てい骨に限らず一般的な話ではないのか?

pp. 57-58 小さな卵を複数 vs. 大きな卵を少数

これだと逆に大きな卵がクリサキのように生き延びてる理由が不明。どんな利点がある?

→と思ったらちゃんと次の章でガッツリ解説していた。まさか章をまたいで伏線回収するとは思わなかった。

p. 92 捕まえやすさの計測方法

「捕まえやすさ」を捕まえた個数というインプットのみで計測すること。それにかかったエネルギや時間というコストも合わせて考えるべきかもしれない。

→これもあとで拾われていた。まぁむしろ生態学屋的には基本中の基本なのだろう、たぶん。

p. 94

生物の場合、基本的にはたくさんの子を残したいはずです

一番最初にも書いたんだけど、ここで僕は「そう?なんで?」と思ってしまった。たぶん単純な数ではなくて適応度のことを言ってるのかな、と勝手に脳内補完したけど、素人なので違うかもしれない。なのでやっぱりここはハッキリと書いておいて欲しかった(議論しておいて欲しかった)なと。

p. 122 雑種について

そもそも、雑種の何がいけないの?というか、雑種とは何?(自分で調べよう…)

p. 122 ハインリッヒの法則

ここでハインリッヒの法則を持ち出すのはちょっと脇が甘いというか、なぜその論理が使えるか、というのを飛ばしている。というか、たぶん使えるという根拠はないのでは?単に「似ている気がする」程度のことではないのかな?もしそうなら、それを生物の説明に援用するのは、発想としては全然いいのだけれど、論拠のような使い方をするのはちょっと危ないのではないかなと思った。

p. 144あたり、「オス殺しのバクテリア」について

ここの擬人化はちょっとやりすぎではないかなと感じた。オスに感染したバクテリアの個体群は子孫を残せないのだが、それはどう考えたらいいのだろう。血縁淘汰?

この辺で、進化の主体は誰だ?スコープは?「種」なのか?「個体」なのか?観察者の設定次第か?…みたいな疑問が湧いてきたようだ(メモにそうある)

p. 159 鳥の「羽」の話

ぼく「素人質問ですが…」

虫屋さんだからなのか、一般向けの本だからなのかわからないけど、「羽」は曖昧なのでやめた方がいいのでは…。一枚一枚の「羽根 feather」と、羽根や骨・筋肉等の集合体としての「翼 wing」は明確に区別して欲しいところ。まぁ、これは細かい表記の問題なのでよいとして、本題は以下。

本来、鳥の羽は効率よく飛び回るために機能しているはずです。季節の変わり目に何千キロメートルも飛ぶ渡り鳥と、花の蜜を吸うためにホバリングするハチドリとでは、羽に求められる性能は違うでしょうが、いずれにせよ飛ぶことを目的に羽を使っているのには違いありません。

と思うじゃん?ハチドリのうちの幾つかの種は北アメリカと南アメリカの間を渡るんだよなぁ…。

クジャクのオスのあまりにも長い羽は、飛ぶのにかえって邪魔になっています

[要出典]。…というのは半分冗談だけど、実はチョウの tail は飛行に役立っているかもしれないという研究もあったりするので(下記)、この辺も「自明でしょ?」と根拠なく断定するのは危険かもですよ、とは言っておかないといけない(いや、いけないってことはないんだけど)。

  • チョウの tail をなくすと揚力と縦安定が減少したという報告 http://dx.doi.org/10.1007/s11340-009-9330-x これと別に Physics of Fluids か Experiments in Fluids にも似たようなのがあったはずだけどちょっといま見つからない…
  • 関連して、ツバメの tail fork(切り込み)の深さは性選択ではなく空力性能による自然選択によるというような話(っぽい)→ http://dx.doi.org/10.1002/ece3.1949 およびこれが cite している論文。僕はまだ読み込めてない。

2倍のコスト関連

ここはすごくエキサイティングだったんだけど、どうにも疑ってしまう。確かに数理的には無性生殖に有性生殖が浸透していく、というのはスッキリとしていて「おぉ」なんだけど、なんかこう…ホントかなぁ?と。いや、たぶんこれは僕が疑うこと自体をとても楽しんでいる、というだけなんだろうけども。

で、一点気になったところは、「最初のオス」はどうやって誕生したの?ということ。「最初のオス達」かもしれない。オスが浸透していく説明にはなっていても、オスがなぜ最初に生まれたのかの説明はない。

あ、それからこれはまた別の話かもしれないけど、性が2つしかないのはなぜ?というのも。これはどこかで説明を見た気がするんだけど…なんだったかな?やっぱりコストだったかな。でも、本書に出てくる川津説だったら、たったの2でなくて種によっては3でも4でも「いやいや」なっちゃうんじゃないの?という気がするんだけどなぁ。まぁでも、コストが高すぎて2に落ち着くということなのかな。

p. 206 アブ

多くのアブはハチに模様や飛び方が似ています

純粋な疑問なんだけど、ここでいう飛び方ってなんのことだろう。

UPDATE 2017-06-22

ちょっとここ、前に書いたときは力尽きていたようだったので、補足。

昆虫飛行のバイオメカニクス業界(?)では、bumblebee(マルハナバチ)・honeybee(ミツバチ)・hoverfly(ハナアブ)というのは、モデル生物というほどではないかもしれないけど、そこそこよく扱われる種ではある。これらに共通するのは、羽ばたき周波数*1が高めであるということ。たとえば以下のようなデータがある:

これだけ高い周波数を出せるということは、いずれも非同期型の間接飛翔筋なのだろう。では他のハエはどうかというと、この業界でもやはりfurit fly(ショウジョウバエ)はモデル生物といっていいんじゃないかというくらいよく使われていて、羽ばたき周波数はだいたい 210-230 Hz 程度 (e.g., Fry et al., 2005)。他のハエは… blowfly(クロバエ?)が 145 Hz (Walker et al., 2013) というのがあった。

というわけで、何が言いたかったかというと、羽ばたき周波数は、特にハチを模倣していないであろうショウジョウバエでも似たようなものなので、これだけからは「(ハエたちの中でもアブだけが)ハチの飛び方を真似ている」とは言えない。なので、「羽ばたき周波数以外の他の要素(羽ばたき振幅・ストローク面角度・胴体角度・飛行速度・などなど)で、他のハエとは違って、特にアブがハチに似ているものがあるのだろうか?」ということをパッと思ったわけです。

ちなみに、他のモデル生物というか、よく使われる昆虫には hawkmoth(スズメガ)があり、こいつの羽ばたき周波数は 25 Hz くらいと遅い。これは同期型の間接飛翔筋だから、ということのよう(直接飛翔筋で有名なのはトンボ)。飛翔筋の直接・関節と同期・非同期の違いについては、昆虫飛行研究者 Andrew Mountcastle の個人ページが非常にわかりやすくてオススメ。

*1:1秒間あたりの羽ばたき回数。単位は Hz(ヘルツ)。